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2010年 07月 05日
アーシアが亡くなりました。
外来で、そのまま息を引き取りました。11時頃でした。 脈がはやいなと思っていたら、急に止まりました。 蘇生を試みるというので、看護師のムハンマドにアンビューを押してもらって、私が心臓マッサージを。 アドレナリンも投与しましたが、心拍は再開しませんでした。 こういうとき、心電図モニターがあればいいのにと実感しました。 急な心拍数の低下だって何もわからないようなところで行う蘇生ほど難しいものはない。 日本でいたときはモニターを見ながらできていたから、「今」の状況がすぐに把握できていたけれど、それができないところでは、本当に難しいんだなと思いました。 小児科医が誰もいなくて、研修医が死亡確認をしました。 お母さんが「アーシア!」と呼びながら泣き崩れてしまって。 だけど、他のご家族がアーシアを布団にくるんで、外へ素早く運んでいってしまいました。 それについて、外まで行きました。 外で、お母さんと抱き合って泣きました。 「お母さんもお父さんも生きてるよ」とお母さんがアーシアに何度も呼び掛けていました。 周りのご家族以外の人が「神様が連れていったんだよ」と言っていました。 「人はいつか死ぬんだ。それが早かっただけ」と慰められました。 アーシアは病院で有名人だったから。 本当にたくさんの人が悲しんでいました。 たくさんの人が泣いていました。 今朝もまだ生きているアーシアに会えました。 昨日の写真も渡せました。 看とることもできました。 それはよかった。 でも、今は、皆いなくなってしまって、昨日からずっと泣き続けられるくらいに悲しいです。 アーシアが最後です。 11月、イラクへ来て最初に出会った白血病のこどもがこれで全員亡くなりました。 皆、発症も11月前後でした。 でも同じ頃出会ったリンパ腫のこどもたち、サイー、スメイヤ、ワジーはまだまだ闘い続けています。 また、明日から彼らの笑顔に会えるように。 笑えるように復活したいと思います。
by jim-net-news
| 2010-07-05 20:22
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