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2009年 01月 28日
2年間の闘病を終えて
![]() (院内学級にて 06年5月) ハウラ・ジャマル12歳 白血病(サマーワ出身) A4のコピー用紙に書かれた絵を、たくさん抱えた少女は、ハウラ・ジャーメル(12歳)。2年前、白血病と診断されたが、サマーワには病院がなく、バスラの病院で入退院を繰り返している。治療は順調に進んでおり、最近は一ヶ月に一回程度の通院である。今日も朝5時に家を出た。しかし、サマーワの道路は細く、荒れ果てたままだ。そこをスピードを飛ばして車が行き交う。ハウラと母親が乗っている車が後ろから追突された。幸いかすり傷ですんだのだが、病院での検査の時間に間に合わず、泊まるホテル代もなく、JIM-NETのスタッフのイブラヒムの家に転がり込んだ。イブラヒムは、院内学級で教えるだけではなく、貧しい患者のリストを作り交通費などを支払っている。 イブラヒムは「ハウラはとても賢い子どもです。絵をたくさん描いてプレゼントしてくれる。その量が半端じゃないんです。一体何が彼女を掻き立てるんでしょう」と不思議がる。 ハウラの描くのは花の絵がほとんど。「お花はきれいでしょう。イラク中がお花でいっぱいになったら素敵でしょう」しかし、テロリストが誘拐をしている絵や、病院に水がなく医者が困り果てた絵も混ざっていた。理想と現実が絵の中に交錯しているのだ。 ![]() イブラヒムは、ハウラの家を家庭訪問することにした。 サマーワの中心部からさらに30km、ナツメヤシの林をぬけるとアルダワリン村がある。1920年、イラクで最初にイギリスからの独立運動がおきた村だという。ハウラは、この村で、父母、兄弟6人と一緒に暮らしている。父はサマワでは仕事がなく、日雇いの仕事を求めて、遠くの町まで出歩くことも多い。母は庭のナツメヤシを売って何とか生計を立てている。 「イブラヒムさんに出会えて本当に幸せです。私の命を救ってくれたんです。彼は、病気で苦しんでいる私に、生きる希望を与えてくれました」ハウラの生きる希望とは、学ぶことだ。学校を休んでいるときは、院内学級でイブラヒムから学んだり、絵を描くことで希望をつないできた。 彼女は、昨年(08年)の9月から4年生として学校に通いだした。学校の教室は、一クラスに70人くらいでぎゅうぎゅう詰め。校舎は老朽化し、天井には穴があいている。2年遅れたためにハウラは他の生徒に比べ、体が一回り大きい。それでもハウラは、学校に行ける喜びをかみしめている。親友のサハールは、6年生になっていた。ハウラが学校を休んでいるときも彼女の家を訪問し、食事をとどけ、励まし続けた。ハウラが学校に戻ってきてうれしそうだ。「これからもハウラの命を助けて下さい。」と訴えた。ハウラのもう一つの学校、院内学級の同級生たちの多くは、すでに死んでいた。残念ながらバスラの病院での白血病の5年生存率は、20%程度でしかないのだ。(日本では80%)ハウラも油断はできない。治療を続けないといつ再発してもおかしくない。 ![]() JIM-NETでは、ガンの子どもたちが必要とする薬代や、通院費を集めるために、バレンタインデーにちなんだチョコレート募金を行っている。募金者に差し上げるチョコレートのパッケージのデザインの素材をハウラに書いてもらうことをお願いすると、「自分の絵で多くの子どもたちの命が助かるのならとても嬉しいです。」と微笑んだ。 ![]() ハウラの絵は、町田のギャラリー・カフェ アルル。 池袋のブックカフェ・ポポタム 日比谷のギャラリー・日比谷で展示します。詳細はスケジュールをご確認ください。
by jim-net-news
| 2009-01-28 02:12
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