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2010年 07月 09日
病棟の看護師さんが、「3日間、アーシアのお家にたくさん人が訪問するから行ってきたらいいよ」と教えてくれたので、昨日、早速行ってきました。
2回目のアーシアのお家。 アーシアのお兄ちゃんや妹、弟が笑顔で迎えてくれました。 お家の中へ入れてもらうと、お母さんやお父さんの御兄弟からそのこどもたちまで、本当にたくさんの人が来ていました。 「この子はアーシアと同い年で一番仲の良かった子」とアーシアの従姉妹を紹介してくれました。 お兄ちゃんはアーシアが勉強していたノートをみせてくれました。 دوو まで書けるようになったところで終わっていました。 دووは数字の2です。これから3,4と続くはずでした。 お母さんはアーシアの治療内容を書いたノートを見せてくれました。 最期のページには私がプレゼントした写真が数枚挟まっていました。 それを見て、他に写真はないかと言われ、カメラを見ましたが、亡くなる前日に撮ったものしかありませんでした。 でもその写真のアーシアをみて、皆が「きれいだね」と言ってくれました。 その後、男性弔問客が増えてきたので、私は女性陣と奥の部屋へ。 そこにも女性のお客さんがどんどんやってくるようになりました。 やはり日本人がひとりいるのは不思議な光景のようで、皆が「誰?」と質問してくれます。 お母さんが「ナナカリ病院で働いてるアーシアの親友」と紹介してくれました。 アーシアの妹を抱っこしっぱなしだったので、ダメだとは思いながらも、そんな紹介をされてしまうと、ちょっと涙が出てしまいました。 それから、皆で外でお話をしていましたが、お母さんがふとした瞬間に「アーシアだけいないなー」ってつぶやきました。 それを聞いて、抱っこしっぱなしだった妹もちょっと悲しくなってしまって、3人で暗くなってしまいましたが、さすが4歳。 暗い空気を破るのも得意です。 お母さんと私にたくさんキスをしてくれました。 慰めようとしてくれたんでしょう。 おかげで、お母さんとふたりでまた笑うことができました。 そして、そのままアーシアのお家でお食事も頂いて、結局5時間もお家で過ごさせていただきました。 亡くなったこどものご家族ともつながっていけたらいいなぁと思います。 アーシアを始め、亡くなったこどもたちを忘れないためにも。 救えなかった命がこんなにあるんだって、忘れてはいけない。 今まさに闘病中のこどもたちがこれから先の未来を生きるためにも。
by jim-net-news
| 2010-07-09 01:51
| アルビルプロジェクト
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