カテゴリ
以前の記事
2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2013年 06月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2007年 10月 お気に入りブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
2008年 04月 03日
武装衝突が沈静化し始めて、イラク各省庁の発表により、被害者の統計などが発表されている。先月、3月における紛争の被害者はイラク全土で1082人となり、2月と比較して50パーセント増加している(内務省、外務省、保険省の発表では925人の市民、またイラク軍兵士の54人、警察関係者103人が犠牲となった。計1082)また負傷者は1630人との報告がなされている。またイラク軍の発表では今回の衝突での犠牲者は461人負傷者千人以上と報告されており、バスラだけでも、210の犠牲者、600人以上の負傷者が出たとされている。 arab al-youm 02-04-2008 しかし実際のところバスラの中心部では安定をみせておらず、現在も治安部隊とマフディー軍の衝突は継続中。またバスラにおいて防衛大臣顧問、イラク軍指揮官の暗殺未遂のニュースやさらに一部のマフディー軍が武器を引き渡すことを拒んでいるなどの報道がなされている。住民は未だに強い勢力を残しているマフディー軍と政府側の衝突に不安を抱きながら生活している。http://www.almothaqaf.com/index.php?option=com_content&task=view&id=29009&Itemid=713 またバスラの港、ハウル・ズバイルやウンム・カスルなどに軍隊が入った模様。ここで石油や武器などの横流しを監視するとのこと。さらに英軍の発表によると、現在のバスラの治安状況を鑑みて英軍の撤退を遅らせるとも。依然として緊張状態が続くとみられる。 電話で状況を確認したところ、ジュムフリーヤ地区は朝は落ち着きを見せていたが、再び衝突が開始されている。イドリス先生によると 「いつ闘争が起こるかわかりません。それを見越して、今日は大量の食料を買い込んできました。ずっと家に閉じこもっていなければならず、ストレスも溜まっていますし、今は怒りすら感じています」と語った。 またジャザーイル地区においても家宅捜索に加え、戦闘も突発的に起こっている。そのため病院はまだ機能していない。ジナン先生によると 「安定したとの報道をみた家族が癌に冒された子どもをつれて、遠方(ズィーカール、サマワ、ナスリアなど)から診察を受けにやってきています、でも病院は機能していません。医療機器を扱える技術者が病院に出て来れないし、それにまた今日も戦闘が始まったからすぐに逃げてきました。」 話によると、このような家族はバスラ内に親戚がいれば、そこに泊ることができる。しかしいない場合は病院で夜を過ごさねばならないのだ。 またズバイルでも軍による家宅捜索は継続中。逮捕者のリストに沿って武器の押収や連行を行っているという。 このような状況の中、昨日イブラヒーム先生の双子の子どもが誕生日を戦火の中で迎えた。電気は未だにきていないが、直火のオーブンを使ってお祝いのためにケーキを焼いたということだ。ファーティマは 「ケーキとてもおいしかった。チョコレートものってるの。」と 久々に食べれたケーキに喜んでいた。しかし未だに外ににでることは危険なため 「家の中にいるのは退屈だわ。あきちゃった。」 と不満を口にしている。またお父さんへのメッセージとして 「帰ってくるときにお洋服を買ってきて、今お洋服ないの。」 とも。 イブラヒーム先生によると 「大事な子ども達が誕生日を迎えたときに、彼らから離れているのはとても悲しいことです。空港の閉鎖が解かれたらすぐにバスラに飛んで言って子ども達を抱きしめてあげたい・・・。」 このように今の心情を語ってくれた。 ta
by jim-net-news
| 2008-04-03 08:34
|
ファン申請 |
||