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2008年 04月 25日
ニュースをチェックした限りでは、今日はバスラは平穏だろう。
アンマンの加藤も特にこれといったニュースはまだ耳にしていないようだった。 私は、友人たちに、「バスラはよくやく落ち着いてきたようです」と経過報告のメールをおくったばかりだった。 バスラにいるイブラヒムに電話をする。 木曜日は週末の前の日。イスラム教の国では金曜日が休日。 朝から、イブラヒムは、病院にいった。今日は、院内学級で教えた。しかし、ドクターに呼ばれる。薬を買ってきて欲しいというのだ。シャットル・アラブ川の向こう岸には、タヌーマ地域。そこには薬局がたくさんある。イブラヒムは兄と一緒に12時ごろ薬局に着く。しかし、1500ドルの抗生剤を買い付けると、いきなり銃撃戦が外で始まったようだった。銃声が聞こえる。店員3名と客2人と女性の客が一人いたが、皆流れ弾に当たらないように身を伏せた。停電。ヘリコプターが舞う音がする。6時間がたっただろうか。「今なら大丈夫だ」イブラヒム達は外に出て車に乗り込んだ。弾丸が飛び交う中を車はスピードを上げて駆け抜ける。イブラヒムは、6-7人の人が道路で血を流して倒れていたという。生きているか、死んでいるか、わからない。 それでも何とか病院に行き返し買い付けた薬を持ってきたが、医者たちはすでに避難していたので、教室に薬をしまいあわてて外にでた。数人の患者が病院に残っているだけだった。 外出禁止令がでているのかとおりには誰もいない。イブラヒム達は全速で家路に着いた。 無事に家に着いたときは夜の8時だった。 「イブラヒムハイキテイルヨ、アリガトウゴザイマス」 病院での食料パッケージの配給は今のところ80家族がすんだ。うち20家族は、がん以外の患者である。
by jim-net-news
| 2008-04-25 02:49
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