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2010年 10月 20日
外来にいる、ラマザン3歳、NHL再発の男の子。
1週間にわたる40℃近くの発熱を乗り越えました。 ただ、脳障害が残ってしまいましたが。 現在はミルクを飲んで、頑張って生きています。 毎日外来でお母さんと話をしているのですが、昨日くらいから、お母さんが明るくなりました。 今日は普通に以下のような会話ができる雰囲気でした。 今までは検査結果とか見せられてたのに。 お母さん「韓国だっけ?」 私「日本人だよ」 お母さん「そうだった、いつ帰るの?」 私「11月15日くらい」 お母さん「いつここに来るの?」 私「12月」 お母さん「帰るのやめたらいいのに」 最近、やけに「帰るのやめたら?」と言われます。 大半が「帰るな」と命令ですけれども。 そのおかげで「~するな」のクルド語表現を覚えました。 そして、病棟の状態の悪い男の子。 マハムード、7歳、ALL。 こちらも意識朦朧としていましたが、覚醒。 外来近くまでレントゲンをとりにきてました。 「よくないけどね... 」とお父さんは毎日悲しそうですが。 少しましになってきたのではないでしょうか。 そうこうしていると、外来に突然、状態の悪いこどもがやってきて、一時酸素もしてたんですが、お父さんが、急に点滴を抜いて、酸素もはずして連れて帰っていった… 相変わらず不思議なことが起こります。 もうダメだと判断して連れて帰ったのでしょうか… あまりに突然で、さすがに皆が驚いていました。 そして、外来から病棟へ移動しようとしたとき。 アーシアが生きていた頃、一緒に写真を撮ったロクマンという女の子に再会! 元気そうでした。 復活していくこども、元気にしているこどもに会えるのは嬉しいことです。 #
by jim-net-news
| 2010-10-20 05:08
| アルビルプロジェクト
2010年 10月 15日
大変だ。
ついにこどもが弱っていく時期が来てしまいました。 化学療法の副作用が皆に一斉に訪れたのか、季節の変わり目で急激に寒くなり、体調に異変があったのか。 9日にひとり亡くなり、現在も2人危険な状態です。 そんな中、外来も新患さんが大勢やってきて、今日は週末なのに大忙し。 バシャール先生も研修医の先生も遅くまで頑張っていました。 大量鼻出血のこどもがやってきて、止血剤を詰めてもとまらない。 しかもその処置が非常に怪しい。 何がおかしいんだ。 そうだ、ハサミをセッシ代わりに使ってるんだ。 確かにここ、セッシを見かけない。 ![]() そして、鼻腔用の綿球も見かけないな。 変なガーゼの紐をいっぱい作るより、綿球を事前に作っておいたらいいのに。 と、元耳鼻科外来にいたナースは思うわけです。 だって、その紐を鼻腔に詰めるんですが、なにせ紐なので、鼻腔からはみ出て結局、血が垂れ流されるという事態。 そこにとどまれないんですよね、薬液自体も。 なので、何度も詰め替えて、ハサミも刺激になって更に出血という悪循環! そんな処置でも何とかなって、流血はしなくなりました。 その後、点滴をしてもらいに彼が向かうのは外来処置室。 外来処置室にはたくさんの状態の悪いこどもたちがいます。 もう意識のないリンパ腫の男の子。 血尿が出続けている子に、ケモ中の子。 新たに来たこどもたちはここできっと不安になるはずです。 でも、それを癒す術も今は見当たらない。 #
by jim-net-news
| 2010-10-15 04:26
| アルビルプロジェクト
2010年 10月 12日
成人腫瘍科外来で点滴の練習を。
小児外来と思ったのですが、あまりに忙しそうだったため断念。 成人へ。 こちらもテープ等導入済みです。 小児外来で働いていた弟子2人がここにいるので、「先生やってみて」と2人にお願いし、丁度実習に来ていた学生さんにも参加してもらい、練習開始。 ![]() 練習中、皆さん真剣です。 腕が珍しいのもあるでしょう。 ![]() ちょっとチュラが血管突き破ってしまうハプニングもありましたが、無事、終わりました。 ![]() たまに練習をすると思いだして「やらないと!」と思うようで効果的。 ただ、ここの主任看護師がどこか行ってるみたいで数日見かけない。それが残念ですが。 そんなことを日々やっていると「やりたい!テープ使いたい!」というリクエストもくるもので、採血室からリクエストをいただきました。 ときどき、採血で留置針を挿入し、そのまま固定していくこともあります。 そんなことをやっていると、ここで働くバーナという採血係の看護師が「テープ使いたい!」と言ってきてくれました。 狭い採血室で、一緒に頑張りましょう。 #
by jim-net-news
| 2010-10-12 00:27
| アルビルプロジェクト
2010年 10月 09日
7月5日に亡くなったアーシアのお宅を訪問しました。
今年のJIM-NETのチョコレートはアーシアと彼女の兄ウサマ作です。 お父さんがおうちの近くの病院まで自転車で迎えに来てくれました。 タクシーで後を追いますが、やけに速い。 そうしておうちに着くといつものようにウサマを始め、妹のペアン、弟のアリが迎えてくれます。 おうちに入れてもらい、そこで、事務局長からチョコレートの説明がお父さんにされました。 サンプルを見て、喜んでくれていたので安心しました。 実はお母さんがアーシアを失ったショックで胃潰瘍になったりと、家族全員大きなショックを受けていたので、受け入れてくれるかどうか不安なところもありました。 しかし、家族全員が喜んでくれたのです。 床に並んだサンプルの中から、好きなのを選んでというと、アーシアの描いた自画像と花の絵をウサマが「アーシアだ」と真っ先に選びました。 お兄ちゃんですので、兄弟の中で一番長い年月をアーシアと一緒に過ごしてきたのはウサマです。 その年月の分、またしっかり状況を把握できている年齢ということもあり、一番寂しく感じているのは彼かもしれません。 自分の絵がたくさん使われているのに、アーシアを選んだのを見て思いました。 「医者になりたい」と言っていたことも。 ペアンは魚を選びました。お父さんが魚屋さんだからでしょうか。 アーシアの好きな食べ物も魚でした。 アリはかたつむり。インパクト勝負です。 ちょっと余談ですが、かたつむり、誰もクルド語でなんて言うか知らないんです。 病院で「これクルド語で何ていうの?」と皆に聞いたのですが「知らないな…」と皆が携帯辞書で調べ始め、最終的に看護部長が回答してくれるという大変な騒ぎになってしまいました。 そして、アーシアの遺品をお母さんがたくさん見せてくれました。 「ケイコがくれたプレゼントは包装紙もとってあるんだよ」と私が持っていったおもちゃやアクセサリーばかりを入れた箱を開けてくれました。 他にもよくアーシアが病院でしていたネックレスやマニキュアなど、次々出てきて、おしゃれが本当に好きだったなと思いだしました。 皆で思い出してしんみりしてしまったので、持参した水風船をすべてウサマに託し、遊んでもらいました。 彼は体格的には小さめですが、しっかりしていて、リーダーシップがとれるタイプなのか、近所のこどもを集めて風船を配り大勢で遊んでくれました。 ほんとに大勢集まってくれて、その後私はこどもたちの集団に巻き込まれ、身体中にのしかかられ大変な目に合うのですが。 そんな光景も事務局長のカメラを託されたウサマが小さいカメラマンになって撮影してくれました。 ![]() ご家族全員、アーシアの死を乗り越えて、しっかり生きています。 次は、チョコを持って会いにいけたらいいな。 ![]() #
by jim-net-news
| 2010-10-09 18:57
| アルビルプロジェクト
2010年 10月 03日
アルビルへ戻り3週間。
まさかの人事異動がありました。 イラクも10月は院内異動の時期なのか! さておき、先週末、外来も病棟もこどもの点滴固定が全員、本当に、HAKUZOさんグッズを使用し、きれいにされていて感動しました。 やればできるじゃないか! 休日をはさみ週が変わると、全員とはいかなくなりますが、それでもまだ頑張っていると思います。 以前はたくさんいた点滴刺入部が化膿したり赤くなったりしていたこどもにまだ1人も会っていません。 きっと看護師たちは、頑張っていたのでしょう。 8月に病院スタッフが撮影した患者さんの写真にもちゃんとフィルムを使って固定した点滴が写っていました。 さて最近、看護師たちが「日本の病院をみたい。研修に行きたい」と頻繁に言っています。 「ケイコの働いてた病院を見たい」そうです。 私が働いていたのは公立ですが、「私立でもいい?」と聞くと「ここ(ナナカリ病院)は公立なのに公立じゃないと意味ないじゃないか」と言われました。 本気で比較したりしたかったんだ…とちょっと感心。 そんなことを思うくらいにモチベーションが上がってきたのなら良いのですが。 そんな看護師たちを紹介します。 小児外来でいて、今日腫瘍科外来に異動になった2名と男性病棟の看護師長さんです。 まず外来の2人から。 アラムという27歳の看護師。 彼は外来の中で一番器用に処置をこなしますし、朝から夕方まで病院で働いています。 一度、私がロッカーを整理して以降、彼がストック管理をしていました。 アラビア語も堪能な3児の父です。 写真は「賢そうにしているところを撮れ」と何か説明している風な写真を撮りました。 喋っているふりをしているだけで喋っていません。 今日、腫瘍科外来へHAKUZOさんグッズを持ち込んで行きました。 ![]() そんな彼のプリセプター(指導係)だったのが、ムハンマドという28歳の看護師。 外来の中で、一番働き者です。彼はカレッジ(短大)を出ているからか、薬品の知識や病気に関しての知識もあります。 新人看護師がきたら点滴固定の方法も彼が率先して教えています。 今回、アラムとともに「使い方教えとくから!」とはりきっていました。 現場にいてくれたら一番助かる看護師です。 ![]() このふたり、日本語も覚えてきて「おはよう」「ありがとう」とか普通に使っています。 なぜか「どういたしまして」の「て」が言えず「どういたしまし」で終わるのが謎です。 そして、最後に看護師長のホーシャングさんも研修を受けたいと言っていました。 彼は管理者研修を受けるべきだと真剣に思っています。 今まで出逢ったイラクの看護師の中で誰よりも管理者向きだと思います。 保健局とかで働く看護部門の人たちより、そういうところで働けば看護界が良くなりそうなのです。 それくらいに病院をよくしようという意識は高そうです。 患者管理のことも考えたりしていたし、病院全体をよく見てる。 普通に部長さんのような立場でいればいいのに、現場でシャキシャキ働いています。 病棟師長のマハナスといい、彼といい、ナナカリ病院の管理職は驚くほどによく動く。 彼らがいればナナカリ病院の看護部は結構ハイレベルを保っていける気がします。 #
by jim-net-news
| 2010-10-03 05:12
| アルビルプロジェクト
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